禁煙はじめました。 アレン・カー「禁煙セラピー」

 失業状態で暇だしお小遣いも節約しよう、とふと思い立って今日禁煙してみた。
 10代から吸ってきたのでかれこれ20年以上ずっと口から煙を吐いてきた。
 これも私が誇れる数少ない継続出来てきたことだ。
 それとは逆に禁煙はもう50回以上はやってきたが悉く続かなかった。
 しかし私は禁煙回数50回を誇る、言わば禁煙のプロ。

 禁煙本も色々読んだけどタバコを吸わない人が書いた本を読む度に
「喫煙の楽しみ、禁煙の苦しみを知らない奴に俺たちの気持ちがわかるか、ケッ!」
と心の中で悪態をついていた。

 そうである。依存症者はひねくれものなので、たとえば立派なお医者様が
「覚せい剤、ダメ、絶対」というより、田代某が「しゃぶ、ガチでヤバい」
って言ったほうが全然聞く耳を持ってくれるし、お医者さんより立ち直った人をより
リスペクトするのである。

 さて、という訳で禁煙本の金字塔といえば、アレン・カー先生の「禁煙セラピー」でしょう。元々は医者でも何でもない会計士でヘビースモーカー。
 だからこそ喫煙者から支持されたのでしょう。
 私も当時読みました。結果はやめられませんでしたが、さすが骨太アングロサクソンの見本って感じのアレン先生のごっついエピソードと、先生の声が聞こえてくるような説得力のある文章にシビレました。なんせ自称世界一のニコチン中毒者ですから!

 現在では「禁煙セラピー」は一部科学的に否定されていますが、禁煙へのマインドセットは
さすが喫煙者でなければ書けない内容で、十分現在でも通用すると思います。
特に「禁煙をふさぎこまない、喜ぶ」という所は喫煙者にとって金言です。
 私の禁煙経験から思い出すに、大抵、「本当にやめれるだろうか?自信あんまないな」と疑問を感じながら禁煙をはじめ、かっての生活で喫煙していたシーンに遭遇すると「ああ、俺もう吸えないんだ。。」
とヘコんでました。そんな奴がやめれっこないじゃん。だから上記の言葉はメッチャ刺さります。

アレン先生は2006年に事もあろうに肺ガンで亡くなってます。
ご冥福をお祈り申し上げます。天国にタバコってあるのかな?もしあれば、アレン先生は「私は天国中の喫煙者にタバコをやめさせてみせる!」とか言ってるのでしょうか。

人生で大切なことは泥酔に学んだ 2

 前回の記事を書くために「人生で大切なことは泥酔に学んだ」を読み返したのですが、非常に面白かったのでまた記事を書こうかと思います。さすが、著者の栗下直也氏はさすが”酔人研究者”だけはあります。酔っ払いの機微をよくとらえていらっしゃいます。ご自身も飲まれるみたいなので、一度ご一緒したいものです。私も飲酒と読書というめっちゃネクラな趣味なので。

 さて、作中では色々な武器が出てきます。「酔っ払いの話なのに、武器ってなんだ?」って話ですが、酔っ払いのなかには、酔うと気が大きくなりまたは凶暴性が増し武器などを振り回す、といった実に迷惑千万な方が結構いらっしゃいます。作中に出てきた武器を列挙します。

真剣、拳銃、素手、裏拳、ビール壜、一升瓶、大砲、などなど。

まあ偶然近くにあって凶器っぽいものならなんでもいいんですね。大砲が近くにある状況はどうかと思うのですが。つーか、周囲の人達全力でとめなさいよ。

 酔っ払いのとる行動もまた独特であり、ちょっとした狂気を孕んでいる。

ピアノを壊す。銃撃する。ボコボコにする。ボコボコにされる。刀を振り回す。駅のホームから落ちる。逮捕される。干される。全裸になる。各種脅す。家を破壊する。民家に押し入り酒を飲む。試合中に吐く。刺される。コップを食べる。

人間の心の闇と、この世の奇行が集まった闇鍋といったところですね。

 それにしても昔は警察に酔っ払い専用の宿泊施設があったんですね。カプセルホテルしかないわたくしスナの世代からすると羨ましい限りです。しかもこの本に出てくるのは当世一代の剛の者達ですから、ホテル感覚で警察に泊まったり、駅に泊まったりしている。ああスナも酔っ払いの端くれとして一度でいいから泊まってみたかった。
 ディズニーファンが一度でいいから東京ディズニーランドホテルに泊まってみたい、と憧れるのと同じ感覚です。

 とまあ、酔っ払いの奇行エピソードを楽しむのもいいですが、やはり賢しい読者諸君たるものいざご自身の身に起きた場合を想定して先人から学び、ご自身の健やかな酔っ払いライフに役立てて頂きたいものです。

 繰り返しますが、この本は酔っ払いにとって含蓄がとてもある本です。勿論、酒を辞めればそんな含蓄の一切は不要でしょうが。私にとって一番心に響いた一文を紹介してこの稿を終わりにしたいと思います。本文から抜粋します。

 「スポーツ選手はもちろん、サラリーマンでも踏ん張らなければならない局面がある。逆にいえば、いざという時に酒に目もくれずにふんばれれば、普段は十時間だろうが呑み続けてもいいのかもしれない。やるからには徹底してやる。人生、長い視点でのメリハリが重要なのだ」

人生で大切なことは泥酔に学んだ 

 前回、前々回と盆栽の事を書いたつもりがなんだかアルコール臭い文章になってしまったので、いっそのことお酒の話を少ししたいと思います。

 わたくしスナ、お酒が大好きでございます。20歳から飲み始めて、かれこれ四半世紀ずっと飲み続けてきました。
 なにをやっても三日坊主の私ですが、お酒に関してはほぼ毎日欠かさず飲んでいます。これだけが私の自慢です。ホントよく続いているな。


 さて、そんなわけでお酒の失敗も多々してきました。色々やらかしました。人に話せないこともやり散らかしました。その辺の話はまた別の機会にしたいと思います。もういい年なんだからとも思いますが、恐らくこれからもちょいちょいやらかすでしょう。「だったらいっそのこと酒をやめればいいじゃん」と思う人も当然いるでしょうが、ここは酒飲みの悲しさで、それが出来たらとっくにやっているって話です。
 ならば、どうやってそういう自分を抱えながら折り合いをつけていく、が重大だったりする訳です。

 そこでお勧めしたいのがこちらの本です。
「人生で大切なことは泥酔に学んだ」栗下直也 著 左右社

この本は過去の泥酔した偉人から泥酔処世術を学ぼう、というコンセプトです。

 この本に出てくるのは全員日本の有名人ですが、作家、俳優、経営者、評論家、スポーツ選手、詩人、女優と様々なジャンルの人達が描かれています。私の敬愛する藤沢秀行先生も堂々エントリーされています。
 因みにわたくしスナ、囲碁のルールは全く知りません。純粋に秀行先生の人柄や行動に信奉しています。
 詳しく書くとネタバレになるので控えますが、結構皆さん盛大にやらかしています。
なかにはやらかしどころで済まない、ガチの犯罪も結構あります。軽犯罪も入れたら登場する人ほぼほぼ犯罪黒田清隆なんか昔に日本史で第二代内閣総理大臣くらいの印象しかなかったのですが、こんなにもヤベー奴だったんですね。

 まあ、堅苦しく処世術を勉強するなんて姿勢でなくても、「酔っ払いのやらかしって巻き添えくらうとたまったものではないが、安全なところで眺めるぶんには酒を飲む位楽しい愉悦だ」位に気軽に読んで、やらかし仲間同士笑いあえばいいとおもいます。
「酒で結構盛大にやらかしていても後世に偉人と言われるし、あんな偉い人でも結構盛大にやらかしてんだからまあ皆やらかしてもあんまり小さいこと気にしなくていいじゃん!ドンマイ、ドンマイ!だっふんだ!」
とよっぱらい諸氏を行間からそっと慰めてくれるとても良い本です。

盆栽をやるデメリット

 さてさてそんなに愉快な盆栽ですが、当然純粋に楽しいだけではない、やはり世の中は常に両価性でありしたがってデメリットももたらされます。

 まず一つは、長期の旅行に行けないことです。
 毎日水をあげなければいけない為、長期の旅行に行けません。「じゃあ、家人に頼めばいいじゃないか」という意見もありますが、盆栽野郎の家族は往々にして盆栽に興味なく、下手したら、大事なご主人を奪い、庭を狭くした盆栽を憎んでいる場合すらあります。
 他人に興味ないことを押し付けるのは、例えばあなたが友人の家に行き、そこで延々とその家主の子の運動会の動画を延々と見続けさせられる位罪深き事で、他人の心の痛みがわかるこれを読んでいる紳士淑女の皆さんならそのような業深き事はさせてはいけません。

 そしてこれが最大のデメリットなのですが、酒量がぐんぐん増えるということです。これはシャレにならない位に増えます。なにしろ自分の庭に常に花見のネタがゴロゴロしているわけですから。

 夏の夕刻、盆栽の手入れが終わり、夕涼みと称してとりあえずビールとか、寒い時期に梅の花が咲いたから、「ああ、春近し」などとぬかしてはとりあえず一杯とか、春に桜の花が咲いたので「ああ、新緑じゃ」などと言っては盃を干してみたり、あまつさえ、蕾がでただけで「これはいとめでたし!」などと宣い一杯、といった具合に酒飲みは後ろめたさを誤魔化すために、なにかと口実を作って酒を飲む輩でして、そんな酒飲みにとって酒を飲む口実が春夏秋冬、365日無限に作れてしまう悪魔の趣味なのであります。

 わたくしなんかも最近は、盆栽の手入れ後の余韻を楽しみたいのか、酒を飲む口実のために日々せっせせっせと盆栽を手入れしているのか、どっちがよく分からなくなってしまいました。
多分、最初は純粋に楽しみのためにやっていたはずですが、次第に目的と手段が入れ替わってしまいました。

 という訳でこれを読んでいる賢明な紳士淑女の皆様は大丈夫だと思いますが、ちょっと心当たりのある方はこの点を重々覚悟の上、手を出すのも出さないのも自己責任でお願いいたします。あ、でもこれをお読みの方でもしかしたらご主人に浮気の疑いのある方でしたらいいかもしれません。盆栽に手を出すと基本宅飲みになり外に飲みに行かなくなるので、ご家庭の平和と調和には寄与することでしょう。

私スナの趣味は盆栽でございます

と書くと自分でもオヤジくさい趣味だと思いますが、実際にガチのオヤジなのでしょうがないです。
 でも始めたのはほんの1年位なんですよ。それまでは結構真面目に仕事してきたため、気づいたら、趣味、酒オンリーとなってしまい、そうなってくるといい感じにアル中への道を爆走し、そうなると家族もいなくなっており気づいたら友人も酒オンリーとなっており、流石にそれは切なくなり、「なんて味気ない人生だ、なんか趣味持ちたい」と思い、そしたら頭に「盆栽とかよくね?枯れかけ、人生詰みかけのオヤジにはピッタリじゃん!」と突然思いつき、人間よりも長生きしてる盆栽とかもいっぱいあるし、残りの人生を一緒に年齢を重ねてくれる老木と共に生きるのもなかなか素敵だね!ってことで始めてみました。

 そもそも面倒くさがりの私が、庭の手入れが面倒くさいという理由で、極端に庭が狭い家を設計してしまい、そのためまだ50鉢位で、もう置く場所がなくなってしまいました。

 で、いざ始めてみると、これが意外に楽しかったりする。しばらく続けていると日々の植物の変化に気づきなんか可愛くなってくる。あと、思ったよりも手間がかかるのでいい時間潰しになる。
 あと盆栽を趣味にもったメリットは、交友関係が今までの接点がなかった人達と仲良くなる。
 私の師匠は御年80オーバーで、盆栽歴65年という、もう盆栽ゴッドみたいな人なんですけど(こういう人盆栽界ではよくいる)このようにぐっと交友関係の年齢層が上がる。そうすると私は小童みたいなもので、可愛がって貰える。

 盆栽好きな人達は基本めっちゃ優しい人が多く、また周囲から趣味を認めて貰えない人が多い。そりゃあ、自分の主人が毎日毎日、盆も暮れも木に針金まいたりハサミで切ったり、噴霧器で盛大に消毒ぶっ放してみたり、庭をエンドレスで鉢だらけにしてみたりすれば、なにかの呪いにかかったと思ってもそれはむしろ正当な判断でしょう。狂ったのはおそらくご主人のほうでしょう。
 だもんで、盆栽好き同士が知り合うと年齢性別を飛び越え一瞬で意気投合する。先出の師匠とも出会ったその日にお互いの庭を行き来する仲になった。ああ、こういうの学生以来。甘酸っぱい出会い♡

 それと、これまた意外にも若い女の子にウケがいい。キャバクラなんぞに行き「俺、趣味盆栽ぃ」なんて言うと食いついてくれる。「なんか植物を愛する人は優しい」とか「盆栽マンは余裕のある大人」とかっていうイメージがあるみたい。私、スナは財布も心も全然余裕ありませんが。財布はスカスカ、下心はギラギラって感じ。続きます。

皆様初めましてスナと申します

皆様初めまして、スナと申します。
職業は自営業ですが、コロナでほとんど仕事ありません。なので開き直って仙人のように日々ダラダラと
過ごしてやろうかと。それをブログで記していこうと思います。なのでほのぼの系というか無気力系です。
ガチの中年です。もう介護保険払ってます。バツイチです。嫁も子供も消えました。彼女もいません。
最近、髪もぐんぐん薄くなってきました。1年後が怖いので考えないようにしています。
仕事なし、家族なし、髪なし、客観的にかなりのロースペックです。あ、最近腹も出てズボン全滅しました。
こんな私でも明るく、楽しく生きていきたいと思います。
こんなダメオヤジでも生きているんだ、と皆さんに少しでも希望を持って頂けたらとても嬉しいです。
趣味は、酒、盆栽、本、旅、です。特技はお酒をいっぱい飲めることです。
なるべく頑張って毎日記事を書いていこうかと思いますので皆様よろしくお願いいたします。